BRUNOが応援する「旅」 〜世界の自転車旅をサポート〜 若者よ旅に出よ!

20歳の大学生、溝口哲也さん
旅レポートVol.7

10月4日〜10月10日

転倒し壊れたバイクを自転車屋さんでメンテナンスをしてもらい、輪行でドイツのケルンまで

10月4日
チェコ ヴェルベァリ → テプリツェ
69km  

プラハからの移動中に自転車が走行不能になり、落車して少し怪我を負ったが、幸いにも小さな村の自転車屋に隣接するペンションを見つけてそこに泊まっていた。
チェコに来てから毎日雨が降っている。この日も朝から大雨が降るヴェルヴァリの村で唯一の自転車屋に立ち寄った。ワイヤー交換、変速機の修理、調整をスムーズに行ってくれたのは店主のジリさんだ。作業しながら今までの旅のことについて話していた。バルセロナから自転車の旅人が来てくれるなんて!」と、とても嬉しそうだった。
ジリさんのメンテナンスは完璧で、店を出る頃には雲が切れて青空が見えていた。そして、嬉しさのあまり、はしゃぐように大草原を快走した。

私は出会った人たちに、日本文化を紹介するため、よくおりがみの折り鶴を折って見せていた。チェコとドイツの国境手前で入ったバーでも、同様におりがみを披露したが、この日はなぜだかリアクションが半端じゃ無い。
一人に折り鶴を渡すと、「俺にもくれ!」「私に作り方を教えて!」「ビール持ってこい!」などと騒ぎだして、バー内はおりがみとビールが交じり合うカオスな状態に。私はビールを飲まされ酔っぱらいながら、汚い鶴をひたすら折り続ける作業に没頭した。

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自転車を修理してくれたジリさん
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チェコのバーではおりがみが大人気だった

10月5日
チェコ テプリツェ → ドイツ ケルン
80km 

やはりヨーロッパ大陸は自転車で旅行するには広すぎた。時間の制約があるので、予定通りドイツのドレスデンからケルンまで、電車で移動することにした。
ヨーロッパで初めての輪行は思ったよりスムーズで、自転車は分解せずにそのまま電車に乗せることができた。 車窓から倍速再生のように流れ行く景色を眺めながら、「出来ることならここも自転車で走りたいな。」なんて思いを馳せていた。ドイツの東端から西端まで一気にスキップだ。

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山を越えてドイツへと再び戻ってきた
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電車には自転車置き場があり、快適な輪行ができた

10月6日
ドイツ ケルン → ベルギー リエムスト
133km

午前3時。私はケルン駅に一人降ろされた。
空は当然真っ暗なうえ、気温は5℃を下回っていた。凍えながら、静かなケルンの街を自転車で巡った。最初に目につくのは、やはりケルン大聖堂だろう。世界最大のゴシック様式建造物だ。目の前に立つと、押し潰されそうなほどの存在感に世界最大ということが理解できた。駅のホームで仮眠を取って、その大聖堂が見えなくなるまで走った。

夜にはオランダを通りすぎて、ベルギーに到着していた。"自転車大国"オランダがそう呼ばれるのは本当だった。町中に張り巡らされている自転車道には自転車専用の信号機があり、想像以上に大勢の人が自転車を利用していたからだ。皆ヘルメットを着用して、手信号を欠かさずに行っている。インフラ整備もさることながら、自転車に乗る人達の意識が"自転車大国"というイメージを形成しているんだなと感じた。

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午前3時のケルン大聖堂
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夜明けと共に走り出す
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オランダとベルギーの国境

元ロードレーサーの営む高級なホテルに宿泊

10月7日
ベルギー リエムスト → ブリュッセル
98km

朝の目覚めは最高だった―。

なぜなら、昨晩は贅沢すぎるほどのホテルに泊まれたからだ。昨晩、ある自転車乗りに「宿は無いか?」と尋ねた。昔プロの自転車レーサーだった人が経営するホテルがあると教えてくれたので、そこへ訪ねてみた。ホテルに入ると一人のご老人と出会った。
「お客さんかな?」と思い、軽く話しかけると、なんと彼がその元レーサーのイビオ・モレナスさんだった!自転車選手の面影は…正直微塵も感じなかったが、私の自転車に興味を示してくれて、自転車の話でおおいに盛り上がった。宿泊料金は高かったが、特別に安くしてくれるといい(それでも80€)断ることができず、しばらくは節約だな…と思いながら宿泊した。
そんなわけで、快適、快眠、朝の目覚めは最高だったが、同時に今後数日間の野宿も確定した。

ブリュッセルには中学生の頃のクラスメイトのまゆりが住んでいた。タイのバンコク日本人学校卒業して以来、5年ぶりの再会だった。懐かしい話に笑い合い、これまでの話、これからの話などをした。明確な目標を持って日本から遠く離れた地にたった一人で飛び込み、大学生活を送っている彼女を本当に尊敬している。
かつて同じクラスで過ごしていた仲間と、まさかブリュッセルで会うとは想像しておらず、夜は彼女の友人を交えて、日付が変わるまで楽しく飲み合った。

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まゆりとその友人たちと

10月8日
ベルギー ブリュッセル観光
10km

まゆりに案内してもらいながらブリュッセルを観光した。
実は彼女は1ヶ月前にブリュッセルに来たばかりで、ヨーロッパ滞在歴でいえば私の方が長い。二人で迷子になりがならも、立派な建物に囲まれた広場、グランプラスを訪れ、ワッフルとベルギーチョコレートを味わって、賑やかな街を歩いた。世界三大がっかり名所の小便小僧にも寄って、ちゃんとがっかりもしてきた。

夜にはパーティーが催され、私も招待してもらった。10人ほどの若者が集まり、各々が好きなように話し、飲んで、踊る。ベルギーなのに、一人もベルギー人が居ないという少し変な国際交流会という状況で、私も見よう見まねでぎこちなく躍り狂った。

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美味しそうなワッフルが店頭に並ぶ
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いろんな国の人達が混ざり合った国際色豊かなパーティーだった

10月9日
ベルギー ブリュッセル → フルーネ
162km

賑やかな夜から一人になると、少し寂しい感じもしたが、再び走り出さなくてはならなかった。残りの日数も少なくなってきて、いよいよ旅の終わりが見えてきた。ヨーロッパを自転車で走る、こんな日々が続いて、まるで日常のようになっているが、滅多にできない貴重な経験だ。瞬きすら惜しむようにベルギーの田舎道でペダルを踏んでいった。

封鎖された道路を人々が囲んで、なにやら歓声を上げている。自転車レースだった。ベルギーといえば、自転車競技が盛んなイメージがあり、特にシクロクロスでは常勝国だ。封鎖された公道の周りには、屋台が並んでおり、さながらお祭りのようだ。

そんな中に入っていくと、すぐに「どこから来たんだ?」「その荷物でレースに出るのか」などと、一気に注目の的になった。旅の話をしながら、酔っぱらいのおじさんや無邪気に遊ぶ子供達と一緒にレースを観戦した。

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雨が降る中での野宿

ドーバー海峡を渡りイギリスに入国する

10月10日
ベルギー フルーネ → イギリス カンタベリー
99km

昨晩はフランスの港町ダンケルクから40km内陸で野宿した。
難民問題でフランスのカレー付近は治安の悪化が予想されたからだ。

朝、ベルギーの大草原でテントから顔を出すと、そこには大きな虹の架け橋が見え、やや興奮ぎみにテントを飛び出し、その美しい景色にしばらく見とれていた。フェリーに自転車を積み込み、イギリスとフランスの国境であるドーバー海峡を渡る。だんだんとドーバーの白い崖が近づいてきて、いよいよイギリスに入国だ。
イギリスに来て、一番の変化は左側通行になったことだ。
バルセロナから道路の右側を走り続けて5000km。
懐かしいはずの左側通行に戸惑いながらも、首都のロンドンを目指して、北上していく。

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雨上がりの道を進む
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見事なダブルレインボーだった
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ドーバーの白い崖

ヨーロッパには、たくさんの国が陸続きで集まっているので、どれも似た国だという印象があった。けれども、どの国も異なった文化を持っていて、それは建物や人々の生活に表れていた。実際に見て、触れて、話して、踊っていると、もっと身近に感じ取ることができた。

それこそが、苦労してヨーロッパ自転車旅をして良かったと思った理由の一つだ。

帰国まで残り一週間。悔いなきよう愛車ブルーノとの旅を精一杯楽しみたい。



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